2016年08月28日
今の自分にできること
先日は、復興支援のために熊本旅行に行った話を書いた。
今回はその後編になります。
そもそも前後編だということを初めて言ったけど。
前回書いた部分は、極めて個人的なこと、
少しオーバーな表現になるけど、過去への贖罪が大きい。
でも、俺は欲張りだからね、行動にもっと意味をもたせたい、
今の自分にできることを、見出してみたかったの。
その答えが、拙作“サークルクラッシュ!”に、
修学旅行先として熊本を登場させるということ。
修学旅行編をこの時期にやることは、
実は連載開始前の段階から決めていた。
しかし、行き先までは決めていなかった。
無難に京都辺りにするか、はたまた北海道か沖縄か、
そしたら取材はどうするのか、資料で済ませるのか、
あれこれ悩む中で、俺は唐突に思いついた。
「熊本を出したら、被災した地元の読者さんが、
喜んでくれるかも知れない」と。
正直、随分と思い上がった発言だ。
自分たちの作品が誰かを幸せにできる、何様のつもりだろう。
でも、そもそも誰も幸せにできない作品に存在価値はない。
そして、俺には思い上がりだけではない確信もあった。
それは、以前“サークルクラッシュ!”で、
架空のアニメの聖地として新潟を出した際に、
地元の読者さんがすごく喜んでくれたという事実。
この事実、実績があるというのは大きかった。
だから俺は、実験でも挑戦でもなく、
必ず結果を出すという、強い気持ちで臨むことができた。
しかし、実際はメチャクチャ大変だったね!
主に俺がマキシマムバカなせいで!
前回も書いた通り、俺は東京での報道がなくなったことで、
復興がそれなりに完了していると勘違いしていた。
だから、やっぱり阿蘇山は外せないよな、とか、
南阿蘇水の生まれる里白水高原駅って駅名長すぎ、とか、
滝とか橋とかいいよね、吊り橋効果でロマンス展開、とか、
観光サイトを眺めながらあれこれ夢想していたのだけど、
まだ観光地も鉄道も復旧してないから!
そのことを知ったのは、何とビックリ、
阿蘇の宿に向かう送迎車の中。
何とかね、阿蘇まではたどり着いていたの。
日に数本のバスで、熊本の市街地から二時間かけて。
でも、そのバスがまさかの唯一の交通手段、
(俺が行った7月上旬の段階では)車でもない限り、
まだ阿蘇を巡ることは、観光的に極めて難しい。
その事実もあって、宿のスタッフは俺にこう言ったよ。
「正直、何をしに来たのかと思いました」
メッチャ正直!でも、確かにその通り!
男一人が平日に車もなく、明らかに観光目的で、
でもまだ観光はできない地に来る意味は分からない!
自分の考えの浅さ、無計画ぶりに、
さすがの俺も深く落ち込みましたよ。
せっかくの豪勢な夕飯も、殆ど味は覚えてないぐらい。
何せ、現実問題しっかりネタ数も確保しないと、
原稿に支障がでる。スケジュールもギリギリだ。
しかし!ここで諦めては何にもならない!
俺は部屋に戻ってから、行程を全て立て直した。
まず、翌朝またすぐにバスで市街地に戻り、
市街地から行ける範囲の観光地をピックアップ、
何とか見通しを立てることができた。
だけど、本当に甘かった。その一言に尽きる。
そして、こうした被災地の現状を知って、
正直悩みもしたよ。果たして、やっていいのかと。
もしかしたら嫌な気持ちになる人もいるのではないか、
まだ早いのではないかってね。
いわゆる、自粛というものだ。
でも、元々創作物は誰かを幸せにできる一方で、
必ず誰かを不幸にもしてしまう側面もある。
人の心に作用するというのは、そういうことだ。
それに、まだ早いというなら、いつならいいのか。
明確な基準などどこにもない、誰も知らない。
だったら、怯えることが正解なはずないよね。
誰かを幸せにできる可能性があるなら、
そこに向かって誠実に全力を尽くすしかない。
自粛することが全て間違っているとは言わないけど、
少なくとも、今俺がすべきことではない。
そして、しっかり言っておきたいのは、
俺は別にお堅い使命感をもっていた訳ではなく、
ちゃっかり楽しみ尽くしたということ。
何せ、一人旅ではあったけど、俺は行く先々で、
常にキャラクターたちと一緒だったから。
ああ、あいつなら絶対こういうことするな、とか、
すごく自然にイメージできて、楽しかった。
何一つ、ここでこういうことをしろなどと、
俺の都合を押しつける必要はなかった。
その楽しさ、ポジティブさをこそ、
広く届けたい。届いたらいいなと思っていた。
そして、修学旅行編は先週から公開になったけど、
ありがたいことに沢山の反応をいただいている。
俺の願いは、確かに叶っているよ。
熊本の地元の人には、地元の人ならではの、
そういう縁がない人にも、いつも通りの面白さを、
どちらも100%で、何ら偏ることなく、
作品をお楽しみいただくことができていると思う。
俺が何をどう頑張ったかなど、
作品の評価には一切関係ないけど、
個人的な思いとして、努力が形になって、
望む結果に繋がったというのは、
本当に嬉しいし、すごい経験値になったよ。
そして、この結果をもたらしたのは、
言うまでもなく俺だけの力ではない。
GANMA!というアプリが、順調にDL数を伸ばし、
高いアクティブ率を誇っていたからこそ、
大勢の地元の人に届けることができた。
作画にしてもそうで、写真を落とし込み、
キャラと馴染ませるという行程は、
通常の回とは違う難しさがある。
でも、作品の世界観を損なうことなく、
むしろ相乗効果を発揮する作画になっている。
こういう環境を生かす、周りに頼ることも含めて、
今の自分にできる精一杯ができたよ。
もちろん、まだまだ至らないところはある。
それは創作面だけでなく、今回の旅一つとっても、
あまりに間抜けだったのは事実だからね。
この経験から学び、成長しないといけない。
随分長く書いてしまったけど、結論はもう、
お分かりの通り、たった一つです。
ぜひ“サークルクラッシュ!”を読んで下さい。
http://ganma.jp/ccrash
ああだこうだ言っても、届かないと意味がない。
現状ある程度届いた、ならば次にやることは一つ、
もっともっと大勢の人に届けていく。
その結果大勢の人と一緒に楽しむ自信はあるからね。
そして、最後にもう一つ。
今回は復興の具合もあって巡ることができなかったけど、
俺は向こう数年の内に必ず阿蘇を観光するよ。
できなくて本当に悔しかったもの。
だから、復興に従事している方々、地元の人々、
今はまだ大変なことも多いと思うけど、
いつか一緒に楽しい時間を過ごしましょうね。
○GANMA!公式HP
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2016年08月14日
熊本を旅して震災について思う
この時期に久しぶりにブログを更新するというのに、
別にコミケという一大行事もオリンピックも関係なく、
夏も何も感じさせないものということを、最初に詫びておく。
一か月前、九州に旅行に行ってきた。
様々な事情が重なって(自ら重ねて)、
福岡、熊本、鹿児島と縦断したのだけど、
一番の目的は熊本、そう、今年の四月に震災が起きた、
熊本への復興支援というのが一番の目的だった。

時間的にも金銭的にも決して余裕のある身ではないけど、
ちょうど九州ふっこう割が発表されたことも手伝ってね、
LCCと組み合わせることで移動宿泊費は超格安で抑え、
その分地元に少しでも小銭を落としていこうという算段だ。
でも、そもそもなぜ急に「旅して応援!」とか言い出したのか、
俺に対してそういうことに熱心という印象もないだろう。
俺自身も、意外な思いだったよ。
まさか、五年前のことをここまで引きずるとはね。
五年前、東日本大震災の最中、俺はどういうめぐり合わせか、
東電のカスタマーセンターで働いていた。
よりによって、あの東電。派遣だけどね。
派遣とは言え、電話口で名乗る名前は東電、
電話相手からしたら、悪の一味だよ。
大げさでも何でもなく、そういう扱いだったからね。
全員が全員とは言わないけど、社会からのヘイトを一身に浴びていた。
今となっては、責められても仕方ないと思うけど、
当時は随分理不尽に思ったし、病みもしたよ。
罵詈雑言のオンパレードに、日々変わっていく状況、etc。
中にいると不思議なもので、自己防衛、肯定が働くのか、
東電の正義自体は疑っていなかった。
だから、クレーマーを随分憎らしく思っていたよ。
クレーマーという言葉をどう定義するかも難しい、と言うか、
正当な怒りをも、クレーマー扱いしていたように思う。
その一つにね、どうしても忘れられないものがあって。
都内一部の地区で順番に停電を実施する、輪番停電、
その地区に選ばれた方からの入電だった。
自宅で治療中の人がいるのに停電したら医療機器が止まる、
とのこと。その訴えを、俺はどう感じたかな。
決まりだから仕方ないと、自分勝手なことを言うなと、
そういうことを、少なからず感じていたよ。
近くの医療施設のこととか、バッテリーのこととか、
多分何かをどうすることはできたと思うし、
最終的にはできたのだと思う。
でも、俺はね、「死ねというの!?」という、
あの訴えをただのクレーマーだと感じた自分のことが、
今でも思い出す度に許せなくて。
だから、あの震災において、俺も東京で暫く不便な思いをした、
被災者だと言いたいところだけど、いいや、
俺は加害者だと、人を傷つけた一味だと、感じ続けていた。
そこで、冒頭の熊本を旅して応援したいという行為に繋がる。
ストレートに繋がっていないのは自覚するところだけど、
少しでも罪滅ぼしをしたかったし、そうして行動することで、
自分の心が慰めを得るのではないかという期待もあった。
しかし、実際旅してみて、俺は正直驚いたよ。
七月中旬の時点で、被災地はまだまだ被災中だった。
傲慢な話だけどさ、東京はやっぱり情報の中心地で、
そこでの報道が減ったから、事態も収束したかと思っていた。
もう観光を満喫できる、それが支援に繋がると、
恥ずかしながら、どこか楽観視していたよ。
実際は、熊本城には近づけず、崩れた石垣は痛々しいまま、
それだけでなく、市街地の至る所に亀裂が残っていた。
阿蘇の方も観光できたらと思っていたけど、
そちらはまさに震源地付近、道路は一本を残して全て閉鎖、
鉄道も再開の見込みが立たない状況だった。
完全に、ナメていたよね。
でも同時に、だからこそ無意味ではなかった。
旅行者の出で立ちで、平日だったこともあり、
旅先ではよく地元の人と話ができたのだけど、
本当に歓迎して、親切にしてくれた。
それが、単純に嬉しかったよ。
俺個人ができることは余りにも少ないけど、ゼロではない。
行動は確かに、プラスの結果をもたらすことができた。
もし、被災地のことをシビアに捉えすぎていたら、
行くこと自体に二の足を踏んでいたかも知れない。
でも、こうしてある意味バカ正直に行動したことで、
現実を知ると同時に、その現実に貢献することができた、
与えられた場にこもって、精神的に逃げて終わってしまった、
五年前とは違う結果だ。ここから学ぶことは多い。
折しも最近、行方不明だった男性の遺体が発見された。
死という現実は、疑いようもなくついて回る。
そういう重い話も、聞かせていただいた。
でも、その現実に哀悼の意を示すことと、
明るく観光して回ることは、決して矛盾しない。
それを、地元の人達は歓迎という形で証明してくれた。
熊本は震災の後、集中豪雨にも見舞われ、
要の農業もダメージを受けていると聞いた。
方々に、それぞれが、少しづつ、
それでもいいから、お金を落としていくことは、
かなり大事なことなのではないかな。
実際、返す返す俺も別に大したことはしていない、できない、
それでも、ゼロではないという実感を得られたから、
その思いを共有したくて書いている。
よくこういうことがある度に、そこらのクリエイターは、
「自分には書くことしかできないけど」とか言うけど、
いいや、書くこと以外もできるよ。
募金箱に十円入れるだけでも、それはできることだから、
俺は決して、しかできないと、簡単には言いたくない。
しかできないと、かつては思っていたからこそね。
そして、俺も表現する手段を少なからず持っている身。
観光客としての貢献だけに、終わらせるつもりはない。
俺は結構欲張りだからね。今回の九州旅行に際しても、
実のところ福岡には姪に会いに行きたくて、
鹿児島には中二病の聖地巡礼がしたくて、
というように、色々なものをアドオンしている。
熊本に対しても、もう一つ二つは、
欲張って役に立ってみようと考えているよ。
月並みな言葉だけど、本当にいいところだったからね。
楽しかった。だから、単純に貴方にもオススメするし、
俺自身も、まだまだ積極的に接していこうと思うよ。
